生き延びてしまったもんはしょうがない

もしも人間が野生の動物のように生きていたら、間違いなく私は死んでいた。

ざらしで横たわっているところを肉食動物に見つかってガブリとやられるか、ちょっとした気候変動で食料にありつけなくなって飢え死んでいただろう。

だけど私は生き延びてしまっている。人間は知恵と技術を身につけ、伝達することで社会を構築してきた。社会システムは近視的に見れば様々な問題をはらんでいるものの、何歩か下がって俯瞰して見れば、人類が存在し続けてる限り成功と言える。

普段から、物事はできるだけ俯瞰して捉えるようにしている。

最近はこうした考え方が得意になってきて、少し賢くなったというか、ある種の物の見方を身に付けられたような気がする。

 

だけど俯瞰が得意になったらなったで、ふと

「私自身が生きる意味って何だろうなー」とか考えてしまう。

 

人類にとって、私が生きている意味ってあるんだろうか。

朝目覚めるたびに吐き気がしてベッドから起きれなくなる人間が生き延びる価値って何だろう。なんだかこういう日が本当に多いので、本私はこの世に存在すべきでないDNAを持ち合わせてしまっている気がする。こんなの存在しない方がマシなんじゃないか。根本的に自分は生きるに値しない、と思ってしまう。

この考えは信念よりも強固で、なんというか脳がこういう風にしか認識できないようになっている。とても残念なことだと思うが、どうしようもなく変えられない。

とはいえ、こんな腐ったようなDNAを持った個体でも社会全体で受容できるように、そんな社会に発展するように、神様がわざと、ちょっとしたバグを仕組んだのかもしれない。

なんだかんだで生き延びてしまっているので、できる限りつらい思いはしたくない。

できるだけ生きやすくなるように、健やかに生活できるようにしていきたい。

病院は面倒でもきちんと通うし、ご飯もきちんと食べる。運動もする。

 

生き延びてしまったもんはしょうがない。