朝風呂ノスタルジア

かれこれ3年以上前の話だ。
私は生まれ育った名古屋から大阪に深夜バスでやってきた。

高速道路はどこまでも続くような気がしていたが、ちらちらと窓外を見ていると終着駅についた。
重くなった身体を引きずってバスステップを降りた。まだ5:30ぐらいだったと思う。

降り立った先はうっすらと霧がかかっていて、静けさが人影のない街に染み込んでいた。

こんな時間に空いている店といったらネットカフェぐらいだった。だけどなんだか勿体ないような気がした。

そしてどういうわけか。私は朝風呂、という選択肢を見出した。


その銭湯は昔ながらの所で、阪急電車の各停に乗って、駅から10分ほど歩いた所にあった。

服を脱いで浴室に入ると、天窓から気持ちよく光が差し込んでいて、静かに水面へ溶けていた。乳白色のタイルには白いカルシウムがこびりついている。

客は私の他にお婆さんが1人か2人いたはずだけど、あまり覚えていない。

新しい季節に期待はしていなかった。

だからといって、不安もなかった。
当時の心は水面を映すように静かだった、と言い切れる。

他者は遠い存在だった。あるいは私が見ようとしていなかった。

けさもう1度、同じ銭湯に行った。
当たり前のことだけれど、脱衣所にも浴場にも同じ景色が広がっている。

前に比べて変わったことといえば私の頭で、すごくごちゃごちゃしていた。

あるいは暑さのせいかもしれない。

最近、自分の頭の中に、もうひとつ何か得体の知れない生き物がいるように思う。そいつが私の思考をぎゅんぎゅんと絞って空回りさせる。そしておそらく、耳の下のリンパを詰まらせる。

思考に歯止めが効かなくなっていた。
思考は「私」にコントロールできるようなものではなく、なにか別の生き物の配下にあった。

その生き物はは誤った判断をさせるし、私に余計なことを言わせたりする。

最近少し、余計なことを言いすぎる。

今年は風が吹来にくく、当然ながら銭湯の中は熱気が立ち込めていた。

意識は低く、遠くなる。

反省して、親指の付け根にあるツボをごりごり押した。