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『東京女子図鑑』という地獄

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Amazon primeオリジナルのドラマ、『東京女子図鑑』を観た。

自尊心の高い(よく言えば負けん気の強い)女の子が東京でキラキラした何かを求めて頑張っちゃうストーリーだ。


「人から羨ましがられる人になりたい」。

これは主人公の言葉なのだけど、この台詞からもわかるように、彼女はどうしようもなく軽薄だ。

主人公いわく、幸せな人生には商社マンの彼氏とハリーウィンストンの結婚指輪という「アイテム」を揃える必要がある。

個人的にこういうのは眉唾モノのどうしようもない価値観なんだけど、
確かに雑誌に出てくるような理想的なOLってこんな感じで、憧れる人がいるのも理解できる。

軽薄さはシンプルな上昇志向にも結びつき、主人公は仕事にも恋にも恵まれはする。

東京に生きる女子の頭の中を覗き見る感覚

『東京女子図鑑』の面白さを挙げるなら、東京に住まう多種多様な女の子の頭の中を観れることだろう。

「結婚しないのは相手の条件が悪いから」「バリキャリだけど不倫ばかりしてしまう」「マンションのエレベーターの入り口近くにベビーカー留めないでよ邪魔だし」

『東京女子図鑑』には主人公以外の登場人物の独白が所々に挟まっている。

決して世間的には共感してはいけない台詞なんだろうけど、
ここまでズケズケと言われた上に「反論って要するに嫉妬でしょ?」って先に感想を封じられてしまって、
観ているとねっとりした感情の行き場がなくなってしまった。

「相対的な幸せ」はゴールになり得るのか

あまりにも多くの女子が描かれていて、どれが本当に幸せなのかは描かれていない。

「みんな自分に合った場所を見つけているようです」ってだけ。

登場人物が直面する仕事や家庭についての困難は描かれているのだけど、
物質的な豊さしか幸せとして描写されてなくて観ていてしんどかった。

「物質的な豊かさ」を幸せの指標にしたら駄目だな-、とは前から思っていたけど、その気持ちを上書きすることになる作品だった。

翻って「自分は幸せか?」と思ったけど、まあまあ幸せだった。

でも「自分が他人から羨ましがられるか?/評価されるか?」って考えたら全然そんなことない。

就活の面接で「憧れの人はいますか?」って聞かれて「いません」と応えたのを思い出す。

自分の目から見れる他者というのはその人が私に見せてくれる一面でしかなくて、
その一面を見て、私が「良い」と思ってもその人の別の面も「良い」と言い切れるかどうかは限らない。

私は全ての面を知ることができない他人になりたいとは思わない。
魅力的な人の「良い」と思った所は、あくまで自分が見て取れる側面に過ぎないから。
他人のいいところは取り入れるようにはしているけれど…。

人や集団って評価基準はバラバラだ。

誰かから羨ましがられる人になろうとすると、それはそれで色んな経験ができると思う。
だけど、他者に見せる自分だけが全てじゃないし
その逆も然り。自分が知らない側面や出来事というのは、存在する。
全てを知ってるのは神様だけだ。

相対的な幸せというのは修羅の国で求められるもののように思える。
ここ最近それで辟易している人を余りにも見すぎた。

なんというか、もっと絶対的な「善」を信じたほうがいいんじゃないかな、知らんけど。