魔法使いに向いてる

「終わらない日常」 を超える処方箋

『クレーの絵本』の感想

「そばにあるだけで、落ち着くもの」がある。

少し手に取って眺めただけで

自分の静脈が整うように、青く澄んだ気持ちになる。

 

昔収集した鉱物、展覧会の目次録…そういった類のものだ。

だいたいこの手のものは他人にとって「取るに足らないもの」だろう。

 

だけど、そういうものに繰り返し触れることで、自分の中の「確かなもの」をなぞることができるような気がする。 

寝付けないとき、いつも同じ思考回路をめぐる。

 

自分が存在しなくても、世界はきっと回り続ける。

 

死者の吐息を吸い込んでいるとも気づかず

足元に埋まった屍に気づかないで暮らしていくように。

 

自分はいなくなったらどこに行くのだろう。

よくわからないけれど、できるだけ透明で美しい世界にいきたいと思う。

そういった美しい何か…

目の前にはないし、これからも触れられないかもしれないけれど、どこかにきっとそういうものがあると確信できる、というのはすごく私にとって大切な気がする。

ようこそ、さよなら世界『クレーの絵本』

クレーの絵本

 眠れないときに読む本を紹介しようと思う。

 

今回紹介するのは『クレーの絵本』。19世紀、スイスで誕生した画家だ。

そのクレーの絵に、谷川俊太郎の詩がついている。

『クレーの絵本』を解説するには、私自身の拙い語彙よりに谷川俊太郎の解説を引用した方がいいだろう。

クレーの絵に現れているものは、私たちがふだん目にしているものとは違う。

たしかにそこには文字や人のかたちや植物らしきものが描かれてはいるのだけど、それを言葉にしようとすると私たちはためらざるを得ない。

言葉で彼の絵をなぞることは出来ないと私たちは思う。

クレーは言葉よりもっと奥深くを見つめている。

それらは言葉になる以前のイメージ、あるいは言葉によってではなく、イメージによって秩序を与えられた世界である。そのような世界に住むことが出来るのは肉体ではない、精神でもない。魂だ。

谷川俊太郎「魂の住む絵」

『クレーの絵本』を見ていると、なにか対象そのものを描いているのではなくて、その奥に潜んでいる「性質」だとか、その対象が置かれている「文脈」だとか「構造」といったものを描いているような感じがする。

 

 

それが具体的に、絵のどういった所からそういった感じが起こるのかはわからない。

 

しいて言えば、色彩だろうか。

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普段の認識を裏切れば裏切るほど、新鮮味というのは生じる。

普段見慣れているものの、自分の知らない側面を知るという意味で

絵を見ることは一種の自己啓発だと思う。

 

絵画で新鮮味というと、ある種の突拍子の無さと結び付けられがちだけど

クレーの絵はどこか不調和の中に調和があって、その有様が対象の奥に潜む構造だとか、そういったものを喚起させているような気がする。

 

社会の狭間でうなされている時、ぜひ手に取ってほしい作品だ。

クレーの絵本

クレーの絵本