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魔法使いに向いてる

円熟と技術と才能に溢れたブログです。

「コミュ障」という呪いを解きたい

今日はただの日記。「コミュ障とはなにか」を考察して、それを解決する手法を考えていきたい。

 

 

「コミュ障」という呪い

「私はコミュ障だから」

こうやって宣言することで、自分に対する期待のハードルを下げる手法は恰好悪い。できるだけ私はクールでタフで優しくありたい。だから私はこんな宣言したくない。

だけど今の日本には、少なくとも私の周辺では「コミュ障」という言葉が免罪符のようにまかり通っている。

「人類の最大の発明は伝達、すなわちコミュニケーションだ」

こんなことを村上春樹が言っていて、私はこれを素朴に信じている。

だからこそ、コミュニケーションを改善することは人間の生活を改善することに繋がると、私は心の底から信じている。

だからこそ「コミュ障」という概念を適切に扱い、改善策を示したいと思う。

 

何でもかんでも「妖怪」や「悪魔」のせいにしていては、世の中は何も良くならない。でもそもそも「私はコミュ障」と信じている人に対しては、「コミュ障」という厄を落とすこと、悪魔祓いをすることが必要なのだろう。

自分を呪っている人はどうすればいいのか、代替手段はどのように開発できるのか考えていきたい。

 

①話題提供ができない

そもそも、「コミュ障」というのは第一義的に、積極的に話題提供ができない(≒コンテンツ力が低い)ことを意味するように思う。

そして話題提供なんてものは、その場にいる人に適しているものを適切な方法で提示すればいいだけの話だ。

テニスサークルでいつも会話の中心にいる人物が、和歌サークルに入ったらどうなるだろうか?

とても会話に入っていけるとは思えない。

しかしながら、こういう当然のことが許せない人はけっこういるんじゃないだろうか?(そして私がそうだったように思う)

だからこそ、「コミュ障」といって自分を呪う前に、自分が属している団体が果たして適切なのかどうかを整理する必要がある。

 

もちろんどんな人にも共通する、コミュニケーションの方法はある。

だけどそれは、適切に相槌を打つとか、きちんとした姿勢で会話をするとか、そういったレベルのことだ。

このあたりのマナーについては「指摘されないとわからない」という場合もある。だけど本当に人の話を聞きたい、自分の話を相手に聞いてほしいと思うのならば、このあたりはクリアできると思う。

「マナーを知らない」以外にここをクリアできないのは、例えばクレーマーと店員の関係やパワハラ上司と部下の関係があり得る。だけどそれはコミュニケーションの問題というよりも、社会構造の問題と言えるのだろう。

解決策

とにかく、コミュ障の意味は「適切な話題提供ができない」というのがまず第一にあると思う。コンテンツ力に関しては

①自分と共通項の多い人と関わる(和歌好きは和歌好きと、ジャニーズ好きはジャニーズ好きと絡めばよろしい)

②どんな世代にも通用する話題(天気がどうとか、嫌いな食べ物とか)のストックを身に着ける

③更新可能な話題を常に収集する(Twitterでもはてなでもいいし、新書でもいい)

が主な解決方法だろう。「友達が少ない」といって自己効力感を低くする必要はない。そもそもテニサーと和歌サーであったら人口規模が違うのだから、そもそも気にする必要はないのだ。

 

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②人間を認識できない

これはコミュニケーションの問題か?と思ってしまうのだけど、自分自身を翻って見ると、これはすごく大きな要因のように思える。

「人間を認識できない」というのは、例えば人の名前と顔を覚えられないとか、そういった問題のことだ。

たぶんイケてる現代思想の人の手にかかれば、この問題をSNSの普及を関連付けたり、イエ制度が衰退していることと関連付けるのだろう。

だけどここではそういった考察はしない。ただの日記だから。

そもそも私は怠惰な傾向があるし、記憶力が悪い。

「どのような人の顔と名前を覚えるべきか」という問いなしには、人の顔や名前を覚えようという気力が起きない(めっちゃ悲しい)。

そしてこの問に対しては、長期的に関わる人(サークルやゼミなど)

の顔と名前は覚えないとまずい、というのが社会の答えのようだ(こんなこと考えないとわからない自分が悲しい)。

 

このことを考えると、名刺ってすごいツールだ。

「所属や名前って聞いただけじゃ忘れちゃうよね!」という前提に立っている。

このように、自分のキャパシティーを過信しない態度はすごくいいと思う。

解決策

2回目以降も会いそうな人、今後やりとりをする人には名前を聞いてメモをするか、名刺をきちんと要求しよう。

声に出して名前を呼んだり、メールの宛先はコピペではなくて手で入力しよう。

こういったことを意識できると、名前に関する記憶は定着しやすいと思う。

 

最近はその場でLINEを聞いてしまえば、プロフィール画像と名前の情報を入手できる。

だから、学生にとってはLINEは名刺代わりとも言える。

LINEを教えてもらったら、その場で

プロフィール画像などをチェックし、プロフィール画像と相手の顔を結び付ける

②プロフィールの表記が本名でない場合は表示名を変更しておく

 

をやっておこう。なにかプロフィール画像や一言で突っ込みどころがあれば、それを話題にすると面白かったりする。

グループを作ったり、途中から参加する場合は自己紹介をすることも忘れないようにしよう。

 

まとめ

これが私が考える、「コミュ障」という概念の分割と、それぞれの解決策だ。

「困難は分割せよ」というデカルトの言葉は、普段物事を考える時に、割と役に立つと思う。少なくとも覚えておいて損はない。

このエントリーでは、私が色々と気に病んだり、他の人に指摘されたことをまとめた。

自分自身を「コミュ障」だと言って呪っている人の呪いを解除できれば幸いだ。

 

ちなみに私は明日、ゼミでBBQに行く……

ゼミの人は言語学以外に、どんな共通項があるのかよくわからない。

それでも楽しもうと思って、色々と準備をすれば、きっと大丈夫だ。

 

…よいGWを。(胸の前で十字を切りつつ)