魔法使いに向いてる

「終わらない日常」 を超える処方箋

黒瀬珂瀾 『蓮喰ひ人の日記』を読む

こんにちは。

突然ですが、ブログって好きですか?

これを読んでるくらいですから、きっとお好きですよね。私もブログは読むのも書くのも好きです。

自分の知らない世界を、誰かの絵や言葉で追体験できるのが、たまらなく好きです。

 

そういえばブログのテーマとして、育児や旅行って人気ですよね。

私もよく読んじゃいます。やっぱりそこに、自分が知らない世界があるからなのでしょうか。

 

今日は短歌で育児や旅行を追体験、してみませんか?

 

 

歌人黒瀬珂瀾さんの『蓮喰ひ人の日記』からいくつか歌を選びました。

2011年のバレンタインデーにダブリンに到着し、ロンドンで生活されていた頃に作られた歌です。

遠く母国から離れて知る東日本大震災の一報、

暴動に燃え上がる朝、多民族が集う土地での子育て。

異文化の地で過ごした十三か月。

帰国の前に思う、この旅の、行方は僕にはわからない。

 

 

2/15 ダブリンの手厚い歓迎にずぶ濡れ。この季節、雨が降らない日は無いさうだけど。

物乞ひの老人は無視 Chinese,Chineseとぞ追ひ来る声も

 

”2/18 Trinity Collegeの方学部生は、歌うやうにイースター蜂起をかたってくれた”

国の苦をおのが苦として歌ふこゑBasicallyと繰り返しつつ

自分の出来事として歴史を語ることは案外難しい。だけどそれを歌う様にやってのける学部生がいたそうな。

たしかにBasicallyって繰り返し使いそうな言葉だよなぁ。言葉の癖を切り取るのって、結構おもしろい。

私も高校生の頃を回想してこんな歌を作ったことがある。

 

春の陽にグロス光らす女子校の英語教師の【-tion】のくちびる

 

 

「桜 無料素材」の画像検索結果

 

”3/11 あれは貴方の国ぢゃないのかと言はれ、テレビを見上げる”

水はあんなに黒くなるのか音の無き画面は暗き朝に開きぬ

生々しい驚きの歌。慈悲とかそういうのじゃなくて、とにかく驚嘆している様子が描写されている。

 

「有色人種の割合も治安の目安です」有色人種われが立つ此処

これ、イギリスでの出来事のように思えるけど実は日本でも似た様な考え方だよね。口に出さないだけで。*1lyrisist-lily.hatenablog.com

3/28 書店の入り口近くには必ず詩集の棚がある。そして、独立戦争の棚も。

日本なら揉み消すだらうダブリンの吸ひ殻入れに昇る煙は

 

 ”5/5無痛分娩はかなり一般的らしい。麻酔があるのに何故使はない?といふ感覚だらうか。”

市民税をカードで払ふ昼過ぎの虎はまたたくわが心底に

詞書も歌の内容も面白いな。日本でもなんで無痛分娩とかカード決済が広がらないのか不思議だ。歌という断片から、イギリスの暮らしを垣間見できる。

 

”5/16 ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)のシンポジウム”After the Shock”に出席。「日本政府は原発事故ではなく、原発が造れなくなることを恐れてゐる」”

鱈つつむ衣の厚きゆふぐれをhibakushaといふ響きするどし

これは私の勝手な想像なのだけど、鱈という字の形と”厚さ”から、灰色の牡丹雪が降っている情景が思い浮かんだ(イギリスにも牡丹雪は降るのだろうか?)。

灰色の世界に響くhibakushaという単語。この言葉を外国で直接聞くとなると、みぞおちを殴られたような感覚がありそう。

 

6/22「アンディ・マリーはスコティッシュだから叩かれるのよ」とヘレン。近頃の話題はテニス一色。

ゲール語のPDFをスクロールさせゆく指が母になるまで

 

9/14 海峡の町ドーヴァーへ取材に。チョーク質の真っ白な崖。イギリスは古来、白き島(アルビオン)と呼ばれた。

夢を見て生くるは罪か 白きカモメ真白き崖に溶けゆく朝を

 

”「音楽ごっこや 時間ごっこへ まぼろしごっこ ぼろぼろしごっこ」(佐藤雄一「加葉ちゃんへ」)。うんこをまとめて出せるやうになつた。”

めんだうくさき児をかかふればその頬に偏西風は滑らかに触る

「めんだうくさき」って、「よく言ってくれた」という感じがする…育児のことを詠んだ育児詠というジャンルがあるのだけど、ここまで率直な歌は見たことがない。

 

10/18 村上春樹『1Q84』英訳版が本日発売解禁。午前零時、ピカデリー大型書店ウォーターストーンズには長蛇の列が。

真夜中の言葉は甘く容赦なくおむつを替へてくれようぞ吾児

下の句がすごく好き。子供ができたら「おむつを替へてくれようぞ」って語り掛けたい。

 

10/24 EasyJetに怒りの長文メールを送る。大英博物館星野之宣の漫画『宗像教授異考録』の特別展示。欧州経済危機が深刻に。

孤立してゆく英国は美しい 夏がまえのめりに過ぎたから

初句と第二句をまたがる語(”句またがり”とよく言います)に注目。

「孤立して+ゆく英国は+美しい」。句またがりは「~ゆく」「~はじめる」のような複合動詞や「スプラッシュマウンテン」のような複合名詞(?)でよく見る。

スプラッシュマウンテン落ちていく春よ 半島はいまひかりのまつり

 

ただ、息の切れ目がわかりにくくなるので使うのが難しい。

 

 

11/21『ユリシーズ』第十五章「キルケ」。「何もかも狂気の沙汰よ。愛国心とか、死者を悼むとか、音楽とか、民族の未来とか」。

アルプスの光を浴びし「ゆめにしき」。異国は夢であるか ありしか

欧州の米は案外おいしいらしいです。

 

イラン大使館閉鎖、外交官追放。

12/1 世界エイズ・デー。街行く人がみな赤いリボンを胸に。ボンド・ストリートの格安衣料品展プライマークで買ひ物。街中がクリスマスのイルミネーション。

夜のひかり満ち満ちてカーナビ―通り死者にひかりは降るか 降るらむ

 静かな夜の情景が思い浮かぶ。

語の繰り返しが気持ちいい。古語は助動詞が豊かで、少ない音で多くの意味を伝えられるなぁ、と実感する。

 

2/25 日本文化の祭典ハイパー・ジャパン。アニメコスプレのあまりの多さに目を回した妻、早々に退場

妻の知らない日本がありその中を生きてた冬の石鹸の影

「石鹸」って石鹸アニメのことなのだろうか…

 

2/28 ナショナル・ポートレイト・ギャラリーにて、先に亡くなったルシアン・フロイト回顧展。残り時間が短くなると、色々見なければと焦りだす。

スプーンをがりがり齧る 齧る児の眩しきかなや生の執着

 

3/19 日本へ送る航空便、船便の荷物を引き渡す。清掃業者を呼び、部屋の大掃除。鍵をパジャマのポケットにいれたまま捨ててしまひ、見つかるまで大騒ぎ。イベントリー・チェック(部屋の損傷調査)にやってきた大家は、物静かなインド系青年。

弱き者こそ優しき者である国の一年を閲せる深き目の笑み

 

参考

黒瀬さんについてもっと知りたい方は、以下のリンク先を読むといいですよ。

現代歌人ファイルその40・黒瀬珂瀾 - トナカイ語研究日誌

 

蓮喰ひ人の日記

蓮喰ひ人の日記

 

 

*1:オランダ総選挙を皮切りに、日本での移民問題について解説した記事です。