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魔法使いに向いてる

円熟と技術と才能に溢れたブログです。

石油王にお近づきになりたい人のためのアラビア語概論

先日、サウジアラビア国王が来日しましたね。

「石油王の側近になりた~い」と言っている女子、あなたの周りにいましたか。私の同期でそのような動機をもってアラビア語を専攻してしまった子がいましたが…案の定留年してました。

ともあれ、こんなツイートも話題になっていましたね。

「石油王の妻になってずっと遊んで暮らす」とか、アホなこと止めなさい。 人間、努力が大事なのです。 そう、石油王がハンカチを落としたときに小粋なアラビア語で話しかけられるようにアラビア語を学びましょう。 私も若い頃は空から女の子が降ってきても良いように筋トレしたものです。

@jikapan

 で、「小粋なアラビア語」っていうのが個人的にめちゃくちゃ引っかかったので以下のようなリプを送ってしまいました(´・ω・`)

アラビア語って口語だけじゃなくて、文語も大事なんですよ。あと地域によっては即興詩は重要なコミュニケーションツールです。

これ、私の中では割と常識だったんですが「え、アラビア語って口語と文語ちがうの?」という感覚の方が通常らしいので、今回はアラビア語について解説してみようと思います。

 

 私とアラビア語の関係あるいはアラビア語の難易度

その前に、私とアラビア語の関係についてお話ししておきましょう。興味のない方は飛ばしてください。

私は阪大に入学後、3年間副専攻としてアラビア語を学んできました。*1

副専攻といっても、1,2年生はアラビア語専攻と全く同じ語学の授業を週5で受けて、単位を一つでも落としたら即留年だったので…まぁしんどかったです。

けっこう内輪ネタになってしまうのですが、

大阪大学には”四天王言語”なるものが存在しており、この四天王言語である「情熱のスペイン、極寒のロシア、地獄のウルドゥー、灼熱のアラビア」は特に授業が厳しく、留年率が高いことで有名です。

で、あろうことか私は灼熱のアラビア語を副専攻で選んでしまいました。

「刑務所の中で資格を取得する模範囚刑務所の中で資格を取得する模範囚」のフリー写真素材

で、私とアラビア語の関係といえば、私はあくまで副専攻としてアラビア語を学んでいただけなので、プロではありません。

アラビア語で食ってく予定は皆無で、卒業後は日本の中で楽しく暮らし、日本語を使用して生きて行くのだと思っています。プロではなくアマチュアです。

ですので、今回は「なんか中東文化興味ある」ぐらいの人に向けた、アマチュアによるイスラーム文化の解説だと思ってください。

アラビア語」についてざっくりと

前置きが長くなってしまいました。ではまず、アラビア語に関するあれこれを解説したいと思います。

まず、基本的にアラビア語圏≒イスラム教圏ということを覚えておいてください。アラビア語を使える地域ってめちゃくちゃ広いんですよ…下の図を見てくださいね。

日本語は何位?世界で最も影響力のある25の言語ランキング

青いところがアラビア語公用語としている国や地域です。

図を見てもらえばわかると思いますが、サハラ砂漠以北のアフリカ北部~アラビア半島を中心に(非独立地域を含めて)27か国で公用語とされています。

母語話者数は約2億3500万人で、国連の共通語にも認定されています。知っていましたか?

 

文語と口語の違いって?

さぁここから深堀していきますよ。冒頭の私のツイートをおさらいです。

このツイートで大切なのは、アラビア語には文語と口語が存在する、ということです。

ちなみにアラビア語の文語と口語は、日本語で言えば学校で習う古文の言葉(平安時代らへん)と話し言葉くらい違います。日本人でも古文が苦手な人がいるように、アラブ人でも文語苦手な人って結構います。

私は大学2年生の時にエジプトに短期留学に行っていたんですが、私は文語アラビア語しか習っていなかったので、エジプト人に文語で話しかけたんですよね。

そしたら「え、なにコイツ」って反応が若干ありました。

でもまぁ、それもそのはずで外国人が「余は満足じゃ」とか言い出したらびっくりしますよね。

驚き, 多文化の, 語学学校

また公の場でするような話、特に演説は基本的には文語です。

なので、文語は知識人にとって必修事項なんですね。

しかしながら現在はマスメディアの普及に伴い、口語による演説や放送も増えているようです。この現象、ミヤネ屋で関西弁を聞くような感じでしょうか。

日本のテレビの司会者やキャスターって、ふつう「~です」で終わるような現代標準日本語を使いますよね。だけど、関西ローカル発祥の番組の司会者が関西弁を使っていたりする。そんな感覚で、アラビア語でポピュラーな方言を用いた放送もされています。

あとは名古屋市長の河村たかしとか、敢えてベタベタな名古屋弁使いますよね。

今夜も寒い。風邪に注意してちょう。明日は2月22日。いよいよやってきました。(事務局発信)

 

また口語アラビア語には方言があり、方言の差はもはや別の言語じゃない?ってくらいに違います。中国語の方言のそれと近いでしょうか。私自身も詳しくはよく知りませんが、広東語と北京語ってけっこう違うらしいですよね。

しかし一方で文語アラビア語はすべてのアラビア語圏で共通です。

なぜこのような事態が起きているのでしょうか?

文語が残っているワケ

広いアラビア語圏内で様々な方言が派生する中、文語はいまだ統一された状態で普及しています。これにはイスラーム教が大きく関わってくるんですよね。

文語アラビア語というのは、そもそもイスラーム聖典コーラン(より厳密に発音するとクルアーン)の言葉なんです。

関連画像

イスラーム教では「聖典に書いてある言葉を守ろう!」という考え方が浸透しています。だからこそ、コーランが書かれた言葉である古語がいまだに広く知れ渡っているんですね。

では、なぜコーランの言葉を厳密に守ろうという風潮になったのでしょうか。

コーランの成立過程と協議の面から説明したいと思います。

完全なコトバ

コーランの成立過程について、もう少し詳しく見て行きましょう。

コーランは神からの啓示を受けたムハンマドの言葉を書き示したものです。といってもムハンマドが直接書き記したのではありません。憑依状態にあるムハンマドの言葉を、側近たちが羊皮紙や動物の骨、ナツメヤシの葉っぱなんかにしたためたんですね。

ですからコーランの言葉、いわゆる文語アラビア語というのはムハンマドが当時使っていた言葉なんです。ムハンマドの死後、第三代カリフであるオスマーンが散り散りになっていた啓示の断片を集め、有能な学者に編纂させました。こうしてコーランが完成しました。

私たちからすれば、コーランムハンマドの言行録と言えるでしょう。しかしイスラーム教ではあくまで「神のコトバがムハンマドの口から出てきた」といったイメージでコーランの言葉を捉えています。

パペットマペットみたいな感じでしょうか。

関連画像

”黒い人”が神で、うし君かえる君は預言者たちです。

預言者”たち”としたのには理由があります。

というのも神はムハンマドだけを預言者にしたわけではなく、様々な時代、様々な地域で預言者を出現させていると考られているからです。

ですから、イスラーム教ではモーセアブラハム、イエスも預言者とされているんですよね。彼等にはそれぞれ違った言葉で啓示が下ったのだと考えます。その啓示の元になるコトバは神的根源後であって何語でもありません。

神のコトバとは、アラビア語のように限定された民族語ではないんです。

 

コーラン』第十一章第一節には次のように書かれています。

これぞ(天啓の)書。その文句は(まず)完全にととのえられ、次いで次第に解き分けられいったもの。あらゆることに通暁し、何事も見逃がすことのなきお方(神)のお手もとから下されたもの。

ここでは形而上学の、完全な神のコトバを措定しています。

その神のコトバを啓示で受けたムハンマドは、彼が用いていたアラビア語で教えを話したんですね。

誦むこととコーラン

では、なぜ1400年ほど前のムハンマドの言葉が現在でも文語として使用されているのでしょうか。これはイスラーム教において、教義を誦むことがとても大切にされているからなんです。

コーラン」の語源、少しばかりアラビア語の話をしましょう。

アラビア語って子音で意味を推測できる言語なんです。漢字の偏と旁(つくり)みたいな感じで語を形成している子音から意味を推測できるんです。

日本語でも、わからない漢字を「さんずいだから水関係だな?」って推測することありますよね。それと同じ感じで、にコーランQR'は「誦む」という意味を持っているんじゃないか、と考えられているんです。

題名につけちゃうくらいですから聖典は「誦む」こと、すなわち声を出して読み上げることが重要視されてきたんですね。

実際『コーラン』第87章第6節には

我ら(神)は汝(ムハンマド、預言者)に誦ませようぞ。さもすれば汝も忘れまい、アッラーの御心ならでは忘れまい。

という記述があります。

声に出して誦むことによって、はじめて教えは身に染みる。怠ってしまうと、せっかっくの啓示もすぐに忘れられてしまう――そう考えたんですね。

ちなみに『コーラン』全体の中で、一番最初に啓示された神のコトバーームハンマドの側からいえば、彼が預言者として世に出た時の第一声は、次のようなものです。声に出して誦むことがどれほど重要視されているかがわかると思います。

誦め、「創造主(つくりぬし)なる主(しゅ)の御名において。

いとも小さい凝結から人間をば創りなし給う。」

コーラン』第96章、第1-2節

預言者の皮切りの第一声が「誦め」なんですよ。

旧約聖書は混沌から光を見出す創世記からはじまっていますが、コーランでは誦むことがまず第一にあったんですね。

当時ムハンマドが使っていた言葉である文語アラビア語コーランは書かれています。そしてコーランは声を出して読み上げることが推奨されています。

ですので、現在でもイスラーム教徒の間で文語アラビア語は広く浸透しているわけです。

日本でもお盆でお経を読むことってあるじゃないですか。それと似た感覚で、イスラーム教の方々はコーランを読み上げてるんですよ。

まとめ

以上をまとめると

といったところでしょうか。

 

『コーラン』を読む (岩波現代文庫)

『コーラン』を読む (岩波現代文庫)

 

 今回は井筒先生の『「コーラン」を読む』を参考にさせていただきました。すごく面白いのでおすすめですよ。

 

完全なことばを産もう永遠にことばを使わなくて済むような(中澤系)

神のコトバとか考えてたら、中澤系さんのこの短歌を思い出しました。

中澤系さんの短歌は大好きです。

 

uta0001.txt―中澤系歌集

uta0001.txt―中澤系歌集

 

 おあとはよろしいでしょうか。

それでは、ごきげんよう

*1:大阪大学国語学部日本語専攻。副専攻は出願時に希望順位をつけて提出。選定基準は明らかではないが、センター試験の成績と希望順位を勘案して決まるらしい。ちなみに日本語専攻の日本人:留学生は3:1くらい。日本人は3年次から日本語学、日本語教育学、言語学などを専攻する。1,2年次は副専攻と一般教養がメインの授業。