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魔法使いに向いてる

円熟と技術と才能に溢れたブログです。

反逆と芸術――谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』

「お前の苦しみは天の罰だ。天に逆らって生きて行こうとする人間の、誰でもが受けなければならない罰だ」(谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』)

 

どんな人が芸術に向いているのだろう、と思うことがある。

この問は

①どんな志向の人が

②どんな状況の下で

芸術を志向するんだろう、の二つに分けられる。

 

もちろん芸術家のタイプによって、そんなものは変わってくる。芸術家の手記なんかを分析したら、ひょっとすると因子が出てくるかもしれない。

私は個人的に、人は誰しも創造の種を持っているのだと思っている。めいめいが水をやったりやらなかったりして発芽させ、まれに花を咲かせる人がいる。

そして、咲いた花が資本主義の中で認められれば――ひとがひどく渇望するものであれば――それは歴史に残る芸術となるのだと思う。

(だからSMAPの『世界に一つだけの花』ってあるけど、「あれは花を咲かせた奴らの話じゃぼけ!!!!」と思ってしまう)

 

芸術家の条件——谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』の場合

谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』は一人の若者が小説家になるまでの物語だ。『刺青』が”女”の誕生を意味するのと、物語の構造が似ている。

主人公は2つの死——友人と妹の死を通して小説家になる。こう書くと主人公はいかにも人間愛に満ちているように思えるが、彼は悲しみを乗り越えるため芸術に取り掛かったわけではない。彼は自分の才能に自覚的であり、現世での欲をいかに満たすかに必死だった。そして彼を取り巻く貧しさが、この希求度を強めていったようだ。

土から生えた植物が、何処までも土に根をひろげて生を享楽して行くように、彼も亦現実の世に執着しつつどうにかして楽みを求めだしたかった。そうしてそれが、彼には必ずしも可能のこととは思われなかった。

自分が今住んでいる陋巷のあばら屋の周囲にこそ、あらゆる醜悪や陰鬱や悲嘆が附き纏わって居るものの、人間の世の凡べてがこれ程に暗く冷たい物であろうとは信ぜられない。

谷崎潤一郎「異端者の悲しみ」 新潮文庫『刺青・秘密』p110)

そして彼は自分に芸術の才能がると自覚していた。

しかし芸術は金にならない。彼は貧乏に甘んじて、来る日も来る日も学校をサボり、昼寝をして過ごしていた。

 

死の自覚と芸術——谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』の場合

そんな主人公にも転機が訪れる。友人の死だ。どうやら生活のギアを変え、創作意欲のエンジンをかけるために死が必要だったようだ。

友人の葬式に参列してから、蔑みと哀れみの対象であった両親が、自分の将来像として捉えられるようになった。

一家の様子を目撃するにつけても、章三郎は自分の将来があんぜられた。彼は平生、母の我が儘と父の無気力とを卑しんで居るにも拘わらず、自分もやっぱりこの両親の息子と生れて、立派に彼等の弱点を受け継いで居る事を、否む訳にはいかなかった。

「自分には優秀な才能がある。」そう信じながら、彼は一向その才能を研こうとはせず、暇さえあれば安逸を貪り、昼寝と饒舌と漁色とに耽って居た。彼は母よりも一層懶惰で、虚栄家で、父よりも亦無気力な、薄志弱行な男であった。

谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』 (新潮文庫『刺青・秘密』p170)

 自分の行く末として老いと貧困がある。そしてその先に死が待ち受けているとすれば、生きることには一体どんな意味があるのだろう?

読んでいて、そう問わざるをえなかった。

そして主人公も似たようなことを考えたのだろう。彼は死の恐怖に駆り立てられた。

「己はいつ死ぬかわからない。いつ何時、頓死するか分からない。」

脳充血、脳溢血、心臓麻痺……今この瞬間に自分に降りかかってくるかもしれない死。死への恐怖は病のように精神を蝕む。それに反抗する姿勢は作中に描かれてはいる。

しかしその反抗は、創作に没頭するイカニモな姿ではなく酒を飲みまくるという、なんというか、自堕落な形で描かれている。とことん駄目なヤツなのである。

結局物語は

友の死→試作→酒に溺れる→妹の死→創作 と進む。

どうやら妹も死ななきゃ本気になれなかったみたいだ。

 

芸術家の条件ーーロマン主義の場合

物語は以下の文で締めくくられる。

それから二た月程過ぎて、章三郎は或る短篇の創作を文壇に発表した。彼の書くものは、当時世間に流行して居る自然主義の小説とは、待ったく傾向を異にして居た。それは彼の頭に発酵している怪しい悪夢を題材にした、甘美にして芳烈なる芸術であった。

(同上 p184 )

主義の流れ(自然主義ロマン主義)からしても、甘美にして芳烈なる芸術という表現からしても、主人公・章三郎の小説はロマン主義的なものであったことがわかる。

ここまで書いたことをまとめると、作中でのロマン主義的な芸術家の開拓者となった主人公は

①才能に自覚的であり

②怠惰な性格をねじ伏せるような強烈な体験があった

からこそ、作品を創作できたようだ。

 

おあとがよろしいようで。

 

 

刺青・秘密 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「芸術とは真理の生成であり生起である」——ハイデガーは芸術をこう規定する。